仕事は社会にやくにたつこと・NHKこだわあり人物伝・安藤百福遅咲きのラーメン王

仕事は社会にやくにたつこと・NHKこだわあり人物伝・安藤百福遅咲きのラーメン王

私の尊敬する人物の一人に即席ラーメンを発明した安藤百福さんがおります。NHKの番組で人物伝当番組のシリーズでこの安藤百福さんを取り上げて放送していた。

 

戦後、即席ラーメンを最初に作り出しチキンラーメンとして世に出した人です。1970年代には、カップラーメンを売り出しています。安藤百福さんの話を息子さん宏基さんへ、ジャーナリストの鳥越俊太郎さんが鳥越記者が、インタビューをしていました。

 

安藤百福さんは日清食品の会長さんで、チキンラーメンを自宅の隣に立てた開発室で、発明したのは48歳のときだそうです。
自宅の開発室といっても木造の掘っ立て小屋です。これを復元したものが兵庫県の池田にあるそうです。是非見に行きたいと思っています。

 

戦後食料難の時に、食が満たされてこそ社会の発展があると、発明開発に着手したそうです。掘っ立て小屋にこもって、毎日、小麦粉をこねて、スープを作り、乾麺にするために油で揚げたり、乾燥したりの連続だったそうです。

 

通常で考えたら、48歳のだいの大人が昼間っからほったて小屋にこもって、こんなことをしていると変人あつかいされるでしょう。しかし、安藤百福さんは、ロマンがあったんでしょうね。すごいです。こういうとこをが引かれるところです。

 

会社を大きくしてからも、お湯を入れるだけで食べられるラーメンとしてカップラーメンを発明しています。

 

カップラーメンが世に出だしたのは、、1970年ごろです。私はそのころ、小学生の5、6年生の頃です。大阪万国博覧会の始まる前頃に、私は、関西に住んでいました。その当時まだ、テスト販売ということで、カップラーメンの販売機が、駅前に一つ、あったのを覚えています。

 

金額は忘れましたが、お金を入れると、お湯を自動で入れてくれて熱々のラーメンを食べることができました。珍しそうに私たち子供も、小銭を持っては、時々、食べた覚えがあります。子供達が、喜んで食べるということは、これから売れると判断してたのかもしれません。

 

番組のインタビューの中で、息子さんの宏基さんは、創業者の経営姿勢について面白いことをおっしゃっっていました。

 

安藤百福という創業者は、いったい何のために仕事していたんだろうと考えて、金儲けのためにしてるんだろうと考えていたが、いや違う、世の中のためになること、世の中にとって何かいいことがないかと常に考えていたと思うとおっしゃっていました。

 

会社の利益は、いいものをつくれば、利益が出る。社会に受け入れられるものを作れば、会社は発展するという考えだったようです。

 

食に苦しんでいる人たちを見て、食が豊かでないといけない、その考え方を基本に、カップヌードルやチキンラーメンを開発してきたようです。

 

息子さんの元社社長さんは、創業者である安藤百福さんについて、忘れられない言葉があるそうです。それは、ある日、いつも社長の仕事について説教されていて、嫌な思いをしていたそうで、ある日、創業者に向かって、「老いては子に従えというじゃないか」と反発したそうです。

 

その時、安藤百福会長は、お前を愛しているから言うんだと、この言葉に驚いたということです。90歳を超えている老人である創業者が、社長を20年もすでにやっている息子に、愛という言葉を使った。そこに驚きを感じたということです。そう言われると、いろいろ反発してきたことも、すぐに、従うことができたとおっしゃっていました。

 

親子の間でもなかなか言えないような愛という言葉を使い、商売の上でも社会のためにいかに役に立てるのかということを基本に据えてきたということです。

 

仕事をしていく上での自分自身の基本姿勢、考え方というものが、なかなか重要であると、感じたインタビュー番組でした。

 

(20100527 コーエン)

 

NHKこだわあり人物伝・安藤百福遅咲きのラーメン王
  http://www.nhk.or.jp/etv22/wen/